試論/エッセー

この5分の勉強は

この5分の勉強は、短い息抜き
この30分の勉強は、明日への備え
この3時間の勉強は、考えのまとめ
この8時間の勉強は、未来への種まき

今日の勉強で、わからないことたくさん
今週の勉強で、わかることも少しあった
今月の勉強で、わかりかたがわかった!
今年の勉強で、教えられるようになった

この2年の勉強は、ここからがスタート
この4年の勉強は、そのあとを決める
この10年の勉強は、ひとつの到達点
この40年の勉強は、節目である。

この100年の勉強は、誰かのために
この1000年の勉強は、文明のために
この10000年の勉強は、大地のために
この13700000000年の勉強は、はて何のために?

DOとしての肩書き、BEとしての肩書き

greenz.jp編集長を卒業し、“フリーランスの勉強家”と名乗るようになってから、僕の働き方について関心(というか疑問)を持っていただく人が増えて、とてもありがたく思う。

「勉強家の兼松佳宏」と書かれた名刺をお渡しして、いまのところ無反応だったことは一度もない。いつかは飽きられると思うけれど、まだまだ違和感があるみたいで嬉しい。笑ってもらえるくらいがちょうどいい。

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スタディホールは、孤独を“co-独”にする

「プロジェクト」という言葉は、「デザイン」という意味も含むという。ヴィレム・フルッサー『サブジェクトからプロジェクトへ』では、「都市をデザインする」「家族をデザインする」「性をデザインする」というとき、projektという単語が使われていた。
 
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7種類のノートや手帳を使い分けてみてわかったこと

気づけば7種類のノートや手帳に囲まれている。コクヨのCampusノート、postalcoのA7ノート、アピカの3年手帳、石井ゆかりさんの星ダイアリー、測量野帳のスケッチブック赤と緑、超整理手帳。原稿用紙もいれるともうひと種類。実際に使い分けが可能かどうか自分でも半信半疑だったが、1ヶ月やってみての感想はすこぶるいい。
 
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スタディ習慣をつくるためのワークショップデザイン

2016年はいろんなものを手放したから、2017年ははじめる一年である。2016年は水面下でもがいていたが、何をしていたかといえば、新しい世界で生き抜いていくためにもう一度生まれ直すことだった。幼虫が蝶になる前のさなぎの段階では、いちどどろどろに溶けるのだという。メタモルフォーゼの闇は深いが、ただそのときを待つ。

というわけで、2017年、勉強家イヤーの助走は、海底に沈みきった感のあった12月だった。ノートやバッグ・イン・バッグなどの文房具を爆買いしては、自分の身で試してみる。そうしてカバンの中身がみるからに様変わりしていった。

もうひとつの大きな改革は、リビングに自分のスタディコーナーをつくり直したこと。これまでは食卓と作業が同じだったが、ノートパソコンをいちいち取り出すのを辞めて、iMacを置いた。何かを勉強するときは、その机と椅子に向かう。ルーチン化とは儀式化である。

2008年のiMacはここのところ日の目を浴びず、Snow Leopardのまま放置されていたので、まずはそれをEl Capitanにアップデートする。Magic Keyboard も注文したりして、阿呆みたいに荷物が届く師走。今から思えば、冷静さを失いつつも、精神の模様替えをしていたように思う。

本棚を買って、押し入れの奥から本を復活させたときも、研究室に自分のスペースができたときもそうだった。すでに準備はできていて、マグマはたまっていた。というよりも眠っていた。知のインフラが整って、目覚めのときが来た。
 
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勉強空間としてのアカツキコーヒー
あるいは強制事項についての覚書

akatsuki

「PC禁止」の時代へ

カフェでPCを開き、イヤホンをつけて、プライベートな作業に勤しむ。そんな没入する個(はい、僕もです)の過剰な集合は、カフェから会話の声を奪うだろう。そしていつか、カフェの存在意義にまで影響をおよぼすだろう。

その不気味な危機感からだろうか、最近「PC禁止」のカフェが増えているようだ。回転率をあげる、ということもあるけれど、もっと深層部分における攻防のような気がする。パブリックとプライベート、デジタルとアナログ、あるいはファストとスロー。いろんな対立項のはざまで。
 
 
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