#勉強家として勉強中

「自分の故郷のこと」から勉強する

上ばかりを見続けていると、急に下のほうが不安になる。ルーツとは、そういうものかもしれない。生まれた場所、育ってきた場所、父、母、家族。反発もあっただろうし、となりの庭が青いと思ったこともないわけではないが、何かが変わるとき、はじまるときに、もう一度、立ち戻りたくなる。

それというのも、年を重ねれば重ねるほど、自分から抜けきれない何かが、まざまざとみえてくるからである。私でいうと田舎者である、ということ。その裏返しとして、ミーハーであるということ。いつも何か最先端のものが足りない、という強迫観念があって、それを満たすために、旅に出る、情報を仕入れる。知っていること、尋ねられること、が喜びの源泉なのは変わらない。その先の、経験している人との差は、最終的には埋まらない。だから僕は伝える人となった。

さて、勉強家とは、つくる人なのか、伝える人なのか。結局、自分自身のバランスをとるために、両方を行き来することが大事なのかもしれない。勉強するのは伝えるため、光を当てるため。自分自身とその対象とのインタービューを言葉にして届ける。私にとっての作品は文章である。作品を通じて、世界を伝えること。

では、それを読みたい人とはどんな人だろう? 論文とのちがいは、貢献する対象である。ひとりよがりにならないような発見の伝え方とはなんだろうか。例えば、ここに記している原稿の文章は、モーニングページとは、いくぶんか文体が違い、文字もそれなりに読めて、再現可能なので、多少は伝えようと試みている。しかし、私自身に興味のない人にとっては、関係ないし、興味のわかない部分もある。結論は?と言われても、書いてから気づくこともあるからである。

と、つらつら原稿用紙に向かって書いてみて、確かに私は型から入るタイプなのであるが、型に引っ張られる、というのが正しいだろう。ミーハーであるとは、自分を通り道にしながら、型をつくるための審美眼を磨く行為である。

そうそう話は、ルーツのことだった。こんなことでは終わらない800字であった。

「10代の頃の夢」から勉強する

かつての自分と再会する。これはひとつの人生の喜びだと思っている。スティーブ・ジョブスのいう「コネクティング・ドット」に近い。あの頃、いろいろやっていたことは、全体像が見えていたわけではなかった。けれども、呼ばれるように好奇心を傾けていた。いつしかそこから離れてたとして、他のことを掘り下げたとき、かつてのことをふと思い出して、別の角度からみたり、ちょっとだけその本質に近づくことがができるようになっている自分に気づく。

自分の地層を発掘する。「reunion with past myself」というと、「かつての自分との再会」であり、「かつての自分との同窓会」を開くようなものだ。何も変わっていないのに、確かにあの頃よりも、少しだけできることが増えている。

40代にさしかかるなら、10代の夢をもう一度、呼びおこしてみるのも悪くない。その夢は、何をきっかけにみたのかは定かではない。単純な憧れは、好きな先輩の話だったり、恋をした人の好きなことだったり、なんでもいい。大学やその先の進路を描いたときに、誰もが通る通過点を振り返っている。そこから何がみえてくるだろうか。

私の場合、それはファッションデザイナーである。ファッションを学びたくて、大学でフランス語を学んだ。本当はフランス語学部に入りたかったけれど、そこは落ちて、すべり止めのフランス文学部だった 。でも、いま人文学部で教員をしていて、「文学×ソーシャルデザイン」について考えているとすれば、落としてくれてありがとう、しか言えない。

ファッションへの憧れは、多分、雑誌を読むことが唯一の背伸びだったから。そういうカルチャーシーンの人になってみたかった。その近道がデザイナーだった。いろいろあって、新卒で勤めた仕事がウェブデザイナーだったから悪くない判断だ。

と、ウェブデザイナー、編集長、大学教員といろいろ回り道をしたけれど、肝心のファッションとはなかなか再会できずにいる。いま改めて、男性向けパジャマブランドをはじめるには、何をすればいいか。かつての自分の夢を、大人になった自分が応援するのである。

[夏期講習] 国語探究ラボ(読書感想文編)

学ぶことを忘れると、子どもは学ぶ。ことばで遊びながら、クリエイティブな読書感想文を書こう!

新しいことを知った時の驚きや感動、できないことができるようになった達成感を覚えていますか?それこそが学びであり、学びは本来楽しいものです。勉強しないと、できるようにならないと・・・、という義務的な意識ではなく、今やっていることに楽しく没頭している瞬間にこそ、子どもたちは学びを得ています。

a.school(エイスクール)は、そのように夢中に学ぶことを大切にしています。一人ひとりの「なぜだろう?」「ワクワクする!」という気持ちからスタートして、学びをどんどん広げて深めていく授業を行っています。この夏、「ワクワクする学びの世界」を一緒に探検していきませんか?

言葉遊びをしながら、自分らしいクリエイティブな読書感想文をつくろう!(今年の読書感想文はこれで完成!)

8月22日からはじまる「国語探究ラボ 読書感想文編」では、自由研究ともう一つの夏休み定番の宿題「読書感想文」をテーマに5日間のワークショップを行います。定番の「読書感想文」を、もっと楽しく、もっとクリエイティブに書いてみませんか?

今回、開催する「国語探究ラボ」は、好きなことを共有したり、みんなと一緒に図書館に行ったり、表現力を鍛える”ことば遊び”を体験しながら、その子にしか書けないクリエイティブな読書感想文を書き上げることを目的としています。ぜひお気軽に、遊びにきてください。

情報源: [夏期講習] 国語探究ラボ(読書感想文編) | a.school

ことば遊びワークショップ案「リポグラムと類語辞典を使った作文教室」

試しに前に書いた文章の母音「い」を消して、類語辞典で類語を探して書きなおしてみたのだけど、なかなか面白いかもw

編纂親方って…
ハッスルオープンって…
使った類語辞典はこれ
 

(原文)
グリーンズ編集学校改め、YOSH編集長と一緒に学ぶgreenz.jp編集クラス、次回は7月末より東京にて開催決定! 引っ越しなどのもろもろで3ヶ月ほどお休みをしていましたが、張り切って開催したいと思います。
 
 ↓ リポグラム 「い」!
 
グリーンズ【ぐり☓ーんず】編集【へんし☓ゅう】学校改め、YOSH編集長【へんし☓ゅうち☓ょう】と一緒に【い☓っし☓ょに☓】学ぶgreenz.jp編集【へんし☓ゅう】クラス、次回は【じ☓かい☓は】7月末より【し☓ち☓がつまつより☓】東京にて【とうき☓ょうに☓て】開催【かい☓さい☓】決定【けってい☓】! 引っ越し【ひ☓っこし☓】などのもろもろで3ヶ月ほどお休み【おやすみ☓】をしていましたが【し☓てい☓まし☓たが】、張り切って【はり☓き☓って】開催したい【かい☓さい☓したい☓】と思います【おもい☓ます】。
 
 ↓ 結構多いぞ…とりあえず類語で変換!
 
greenz.jp編纂学校改め、YOSH編纂親方ともども学ぶgreenz.jp編纂クラス、今度は文月【ふげつ】末から江戸でオープン決断! 住むところを移すことのもろもろで3ヶ月ほどバカンスだったが、ハッスルオープンすることを望む。
 
 ↓ 類語辞典にあった表現で「い」も使っていいなら、こんな感じでブラッシュアップできそう!
 
グリーンズ編集学校改め、YOSH編集長と一緒に学ぶgreenz.jp編集クラス、次回は文を書くのにぴったりの文月=7月末より、東京にて開催決定! 引っ越しなどのもろもろで3ヶ月ほど少憩していましたが、怒涛の勢いで開催したいと思います。
 
 ↓ うーん、やりすぎかなw

みたいな。どうかなー。

空海とソーシャルデザイン

▼松長有慶猊下との対談
1200年を超えて、空海とソーシャルデザインが出会った!高野山真言宗管長・松長有慶猊下×YOSH編集長対談「すべてを肯定するということ」

▼DOTPLACEでの連載「空海とソーシャルデザイン」(2014年1月〜10月まで)
#01:はじめに
#02:いまなぜ空海なのか(前編)
#03:いまなぜ空海なのか(後編)
#04:空海とは?(前編)
#05:空海とは?(中編)
#06:空海とは?(後編)
#07:ソーシャルデザインのそもそも(前編)
#08:ソーシャルデザインのそもそも(後編)

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