勉強空間としてのアカツキコーヒー
あるいは強制事項についての覚書

akatsuki

「PC禁止」の時代へ

カフェでPCを開き、イヤホンをつけて、プライベートな作業に勤しむ。そんな没入する個(はい、僕もです)の過剰な集合は、カフェから会話の声を奪うだろう。そしていつか、カフェの存在意義にまで影響をおよぼすだろう。

その不気味な危機感からだろうか、最近「PC禁止」のカフェが増えているようだ。回転率をあげる、ということもあるけれど、もっと深層部分における攻防のような気がする。パブリックとプライベート、デジタルとアナログ、あるいはファストとスロー。いろんな対立項のはざまで。
 
 

朝9時から、アカツキコーヒーへ

今回のタイトルにある「アカツキコーヒー」も、そんなPC禁止のカフェのひとつだ。既に有名なお店なので、詳しい紹介は他にゆずるけれど、音楽のない静寂がとても心地いい。もしかしたらデートよりも、ひとりの方がいいのかもしれない。それくらい、ほっとする空間。

恵文社一乗寺店からも徒歩圏内なので、ハシゴする人も多いのかな。とはいえ僕は、アカツキコーヒーの朝イチしか知らない。立ち寄るのは多いときで週2回、保育園に子どもを預けたあと、AM9時からの小一時間くらい。朝のドタバタに一息つきつつ、せわしくメールが行き交うちょっと前の貴重なブランク。ほぼ開店と同時なので、オーナーが掃除をしていることもよくある。

考え事をする幸せ

この空間で僕がするのは考え事だ。持ち物は最近読んだ本、無印のブロックメモ、お気に入りのペンなど。いつも持ち運んでいるPCは、もちろん家に置いたままで。

カプチーノを味わいながら、本の一節や最近浮かんだ言葉をメモに置いていくと、いろんな断片がつながりだす。やっていることは、ブレーンストーミングに近いが、自分ひとりだからか、拡散と収束がパラレルに進んで効率がよいように思う。

仮説は問いを生み、問いは行動を促す。一日のはじまりが、さらに楽しみになる。いつのまにか束の間のデジタルデトックスは新習慣となって、僕の勉強活動を健やかに支えている。

強制事項と勉強空間

いつだって新しい習慣を身に付けるのは難しい。一日の時間が限られている中で、今までの習慣を断捨離しないといけないから。それでもなおその価値を認めることができたのは、急に突きつけられた「PC禁止令」のおかげだ。

禁止を強いられなければ、今までどおり、朝から仕事をしてしまっていただろう。”そもそも”を疑い、それ以外の選択肢を発想しようとは思わなかっただろう。そういう意味では、ふるまいを規定する「●●禁止」や「ドレスコード」といった強制事項は、すでにワークショップ的とも言える(すごい便利な物言い!)。

最初は戸惑ったりするだろうけど、●●が当たり前であればあるほど、それを手放してみたときの効果は絶大だ。「あ。それがなくても意外といけるかも」という発見は、いま・ここにある等身大の自分を浮かび上がらせる。

ほっとした安心感と、乗り越えるべき悲壮感と。何かを卒業するときに似た、複雑な感情たちとともに。それほど強制事項は、不意にラディカルな気付きをもたらす、小粋な空間装置なのだ。

Wicked Question:
勉強空間をクリエイティブにする禁止事項ってどんなものだろう?