2015年 8月 の投稿一覧

何の一部だったのかを振り返る

最後の段階でどのくらい知的エネルギーを使うかで、論文の書き手がその後どのくらい成長できるかの多くの部分が決まるように思う。そこで前向きに、しかし誠実にエネルギーを費やすことが、次の研究の土壌を整え、あるいは思考のあり方の訓練となって、研究者を育てることになるのである。その難しい作業のコツを一言で言えと問われれば、私は「宙に目をやり、自分のしたことが何の一部だったのか、振り返る」と答える。

ー 伊丹敬之『創造的論文の書き方』p.240

研究活動は、自己修練活動である

研究活動は、他人に伝えるべき新しい知見の探索発見活動であるばかりでなく、自己修練活動でもある。その人の能力を伸ばせるようなテーマは、必然的にその人がすでにそのとき持っている能力の範囲内で楽々出来るようなものではないだろう。少し無理かな、と思える程度に本人の能力を超えた部分を持つテーマの方がいい。その超えた部分を埋めようと、本人がその研究の最中に努力をする可能性が高いからである。

ー 伊丹敬之『創造的論文の書き方』p.134

『創造的論文の書き方』伊丹敬之

<第1章 テーマを決める>

◎テーマ探し
・入り口は狭く、奥行きは深く
・思考実験をスピーディーに多く
・不動点を意識する

◎「いい」テーマとは
・不思議なこと、せめて面白いこと
・一言で言える
・少しの無理
・10年はもつ

<第2章 仮説と証拠を育てる>

◎現実のまとめ方
・データ
・厚い記述
・論理

<第3章 文章に表現する>

◎書くことは考えること
・言葉が思考を刺激する
・文章が前後のつながりを考えさせ、つながりの論理を考えることを刺激する
・書くことによって書かれるべきことの整理のための思考が刺激される
・書くことによってしみ込み現象が起きて、それが思考を刺激をする

<第5章 小さな工夫、ふだんの心がけ>

◎小さな工夫
・刺激と整理のために
・集中と助走のために
・見切りと相場感のために

◎ふだんの心がけ
・本質は何かをつねに考える
・狭く入って、深く掘る
・鳥の目と虫の目を、使い分ける
・スピーディーに思考実験する
・言葉を大切に使う

以下、引用

仮説として何が正しそうかを現象から逆算して懸命に考える。断片の情報をつなぎ合わせて、その仮説が正しいという論拠・証拠をつくってみる。それが、研究活動のトータルな内容である。(p3)

知的探求としての研究活動の原点は、知的好奇心にあると思っている。その知的好奇心を人間が駆り立てられるのは、「不思議な現象」によってである。不思議、つまりそれまで自分がもっていた常識的考えや直感では説明が付かない、という意味である。(p.129)

いい研究というのは、われわれが「集団として持っている」知見の意味のある拡大につながるものだからである。独りよがりの知識の蓄積では、社会的に意味のある研究活動とは言えない。(p.133)

研究活動は、他人に伝えるべき新しい知見の探索発見活動であるばかりでなく、自己修練活動でもある。その人の能力を伸ばせるようなテーマは、必然的にその人がすでにそのとき持っている能力の範囲内で楽々出来るようなものではないだろう。少し無理かな、と思える程度に本人の能力を超えた部分を持つテーマの方がいい。その超えた部分を埋めようと、本人がその研究の最中に努力をする可能性が高いからである。(p.134)

10年もつような視野を設定し、その視野は10年間変えないで考え続ける。(…)10年間、その大きな分野で考え続ければ、蓄積もできるだろう。考えも深まるであろう。本も書けるというものである。(p.136)

仮説とは、現実への洞察である。萌芽を本物の仮説に育てるプロセスは、研究している人が自分の研究テーマとして選んだ現象の現実への洞察を深めるプロセスに他ならない。その洞察が「凝縮された」言葉で表現されたものが、仮説だと思うべきである。つまらない仮説は洞察の浅さを物語っている。(p.159)

二つの概念の細かな差に、じつは本質が潜んでいることがよくある。その本質をえぐり出すには、概念あるいはイメージへの言語表現をきちんとするようにする必要がある。そして、二つの似た言葉の違いは何かを精密に考える必要がある。そうした細かに見える差を大切にして、厳密な言語表現を考えると言うことは、じつは概念思考力を鍛えることと同じである。言葉を大切にしなければならない。(p.180)

どのような構成、流れ、つなぎ、精度合わせの論文にすると「姿が美しいか」という美的感覚は、きわめて重要である。その美的感覚は、自分がまとめようとしている研究そのものの「全体像」への自分自身の理解の程度と、深く関わっている。「自分は何を問うているのか。」それをきちんと伝えるために、論文の全体があり、その姿がある。(p.210)

最後の段階でどのくらい知的エネルギーを使うかで、論文の書き手がその後どのくらい成長できるかの多くの部分が決まるように思う。そこで前向きに、しかし誠実にエネルギーを費やすことが、次の研究の土壌を整え、あるいは思考のあり方の訓練となって、研究者を育てることになるのである。その難しい作業のコツを一言で言えと問われれば、私は「宙に目をやり、自分のしたことが何の一部だったのか、振り返る」と答える。(p.240)

student = 情熱を傾けている人

ステューデントのつづり(student)は「勉強」を意味する英語のスタディ(study)と似ていますが、どちらも元はラテン語のストゥディウム(studium)に由来します。その意味を辞書で調べると、「情熱、熱意」という意味なのです。

ステューデント(student)というつづりは、ストゥディウム(studium)の動詞(studeo)の現在分詞形(~している状態)ストゥデンス(studens)に由来します。直訳すれば、「情熱を傾けている人」という意味になります。

勉強とは何か

studying = one way to learn

Let’s start by looking at the definitions:

To Learn – to gain knowledge or skill by studying, practicing, being taught, or experiencing something.

To Study – to read, memorize facts, attend school, etc., in order to learn about a subject.

Therefore studying is one way to learn. This is why we can say “I studied but I didn’t learn anything”.

What is the difference between learn and study? | ABA English

読む人間から書く人間へ ― 清水幾太郎

読む人間から書く人間へ変るというのは、言ってみれば、受動性から能動性へ人間が身を翻すことである。書こうと身構えた時、精神の緊張は急に大きくなる。この大きな緊張の中で、人間は書物に記されている対象の奥へ深く突き進むことが出来る。しかも、同時に、自分の精神の奥へ深く入って行くことが出来る。対象と精神とがそれぞれの深いところで触れ合う。書くことを通して、私たちは本当に読むことが出来る。表現があって初めて本当の理解がある。

― 清水幾太郎『論文の書き方』p8

“Community civics and rural life” (1920)

Image from page 320 of "Community civics and rural life" (1920)

Cooperation is the keynote of the community life. The realization of this cooperation is seen in the classrooms, in study halls, in the assembly room, in the corridors, on the playground. It manifests itself in the method of preparing and conducting recitations; in the care of school property; in protecting the rights of younger children; in maintaining the sanitary conditions of the building and grounds; in the elimination of cases of discipline and of irregularity of attendance; in the preparation and conduct of opening exercises, school entertainments, and graduating exercises; in beautifying the school grounds; in the making of repairs andequipment for our school; in fact, in every aspect of the school life.